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2015年1月22日木曜日

羽根倉橋~飯能駅(徒歩)

2015年1月11日(日)

今回は平地の徒歩の旅です。自宅があるさいたま市から飯能駅まで歩きました。

スタート地点はさいたま市と志木市の市境がある荒川に架かる橋、羽根倉橋です。

羽根倉橋ですが、冬の晴れた日に浦和側から志木に向かって渡る時、正面に富士山が見えます。荒川の下流側(つまり橋の左手側)に東京のビル群が見えるため、富士山がすごく西にあるように感じますが、地図をみると橋が南西方向に向かっていることが分かります。

今回の目的地飯能駅は、羽根倉橋からほぼ真西方向に位置するため、この橋から右前方を目指すことになります。ちょうど秩父の山々が見える方向になります。

羽根倉橋の緯度を調べたところ、

・東武東上線鶴瀬駅とふじみ野駅の中間よりやや北側。
・関越自動車道の三芳PAよりやや北側。

…のようです。

三芳PAはかなり北西にあるものだと思っていました。長年この橋を行き来していますが、ちょっと東西南北が歪んで身についているようです。

おそらく羽根倉橋が浦和と所沢を結ぶ国道463号(通称浦所バイパス)上にあるため、所沢=西…という思い込みが私の中にあるのかもしれません。実際には所沢はかなり南西に位置します。

さて、今回はただ車道を歩いても面白くないので、なるべく車道以外のところを探して、地図を見ずにコンパスと秩父の山々だけを頼りに歩くことにしました。



スタート地点は羽根倉橋、荒川上にある志木と旧浦和の市境標識。

西に見える山々は、左端が雲取山付近、右端が武甲山付近。

志木側に入ってすぐの浅間神社に富士塚があります。

富士見市南畑はのどかな農道を進みます。

難波田城公園に寄りました。

難波田城公園は古い民家が保存されており見学できます。

富士見有料道路(現在は無料)を越えたあたり。
私道っぽいところを通り抜けて住宅街へ

鶴瀬駅前のむさしの緑地公園(ミニ線路あり)を通過。

川越街道を通りすぎて関越道方面を目指します。

三芳PAに到着。高速道路利用者でなくても利用できます。

砂川堀に沿って車道を歩きました。このあたりから土地勘無しです。

所沢市下富からさらに南西に進んだ後、堀兼道(だと思います)を北へ。

『おおたかの森を守ろう』の看板が出てきて。

良い雰囲気の遊歩道を南西に進みます。

その後も農道を通り抜けたりします。
車の通り抜け禁止でも歩きはOKの場合が多いです。

その後も森が現れます。所沢と狭山の市境と思われます。

ずっとこんな感じ。なかなか良いところでした。

森を抜けると南入曽の西武線の車庫に出ました。

その後もまだ森が続き、憩いの広場の看板が。

憩いの広場。


その後もあえて車が通れない道を選びます。

車が通れない道ですね。

歩道橋を目指します。ちょっとアップダウンがありました。

歩いてきたところを振り返ります。

茶畑ですね。

元加治駅に到着。飯能駅の隣なのですね。

最後は車道を歩き、無事飯能駅に着きました。

真西に歩こうと思いましたが、かなり南西にブレました。序盤は秩父の山々を見ながら歩けましたが、鶴瀬あたりの住宅街に入ってからは、山が見えず、コンパスだよりになりました。狭山、入間、所沢のあたりは土地勘が無いので、適当に歩きましたが、高台では、奥多摩の御前山や大岳山がすぐ近くに見えたので方角を修正しながら歩けました。おおたかの森を偶然見つけることができたのは今回の嬉しい発見の一つでした。


通ったルートのメモと地図。
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2015年1月11日(日)

羽根倉橋 11:38
羽根倉浅間神社 11:52
難波田城公園 12:16
鶴瀬駅 13:01
ウニクス三芳店(川越街道) 13:17
Pasar三芳(関越自動車道 三芳PA) 13:51(20分休憩)
多聞院 14:30
所沢市立富岡中学校 15:07
おおたかの森 15:23
南入曽車輌管理所 15:42
国道463号藤沢交差点 16:17
国道16号歩道橋「なかよしばし」 17:04
元加治駅 17:56
飯能駅 18:31 

羽根倉橋(さいたま市)~飯能駅
https://goo.gl/deVIHM 



今回このルートを歩いたことで、今までの山行と合わせると、自宅から河口湖までが切れ目なく繋がりました。そろそろ富士山まで繋げたいです。


2011年6月11日土曜日

900km徒歩の旅

子供のころから自転車で遠出をするのが好きでした。高校を卒業したころ、青春18切符を利用して、南は博多、北は札幌・・・と日本中を列車で旅したり。原付や、自動二輪の免許を取得してからは、関東を中心に、たくさんツーリングをしました。(250ccのオートバイを購入した翌日には、一般道路を600km運転しましたよ・・・)


オートバイでは、とにかく高速道路を使わなかった。これはお金の節約という目的もありましたが、高速道路では、途中の景色を楽しむことができないと考えていたためです。


それでもオートバイの旅では、知らず知らずのうちに、より遠く、たくさんの土地を訪れるために、いつも目的地へ急ぐ旅になってしまいました。


そんな20代前半のある日、漠然と北海道へ旅をしようと考えました。もちろん最初はオートバイで行くつもりでしたが、少し考えた後に、歩きにしよう、と決意しました。


歩きの旅は、自分にとって初めての経験で、未知の領域。とにかく荷物の軽量化が必要と考え、バックパックを新調し、テント、調理器具など、とにかく軽量で収納・携帯性が良いものを吟味して買い足しました。


そして21歳(1995年)の夏に、東京都新宿駅から、本州最北端の青森県下北半島の大間岬まで、約40日かけて約900mを歩ききりました。大間岬は北海道の最南端より北に位置するため、北海道まで歩いた。ということにしています。


この旅では、岩手県で出会った方の熱烈な歓迎を受けて、一晩だけ民家に泊めていただきましたが、それ以外はすべてテント泊でした。真夏でしたので寝袋は不要で、日が昇ればすぐにテントの中は蒸し風呂になりました。朝・夕の比較的涼しい時間帯を中心に、1日20~30kmを歩きました。


大間岬についてからは、フェリーで函館へ渡り、列車で札幌の親戚を訪ねてから、車を借りて北上し、宗谷岬~道東~道南・・・とわずか4日で北海道をぐるりとまわりました。さすがにこれは味気なかった。後に250ccのオートバイで、再度北海道を目指すことになりました…。